山を下りた守平の透視と手当ての治病
どんな伝承か
山を下りて里に戻った田中守平は、二十歳にして、のちに強まるカリスマ性を備えた人物に変わっていた。上奏で唱えたロシアとの戦争は山にこもっている間に始まっており、霊能の噂を聞いて集まった人々に、守平は戦況を透視してみせたりした。何より驚かれたのは病を治す力で、慢性のリウマチに苦しむ婦人は話にうっとりと聞き入るうちに十数年来の痛みを忘れ、数日来の歯痛に耐えかねていた少女は、患部に手が触れたと感じただけで痛みが消えたという。評判は近隣に響き、遠くからも病人が訪ねてきた。
原典より
彼が上奏したロシアとの戦火は山中にある間に開かれており、特異な霊能発現の噂を聞きつけて参集する人々に向かって戦況を透視してみせたりしていたが、…—— 霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年))
『霊術家の饗宴』は、井村宏次が一九八三年に著した近代日本の霊術家の歴史である。明治から昭和初めにかけて、気合術・催眠術・霊子術などで民衆の病や苦しみを救おうとした霊術家たちの運動を、当時の新聞記事や刊行物、関係者の家族への取材をもとにたどる。プロローグと六章、エピローグからなり、浜口熊嶽、桑原天然、福来友吉と千里眼事件、太霊道の田中守平を章ごとに取りあげ、霊術ブームと取締法による衰退までを描く。