長島の網曳小僧と深夜の老僧
どんな伝承か
熊野灘に面した長島の貧しい漁家に、明治一一年一二月二日、熊蔵、のちの熊嶽が生まれた。学校では何も覚えられず放校となったが、網曳小僧になると独り言が経のような節回しになり、その声が強い日は大漁だと評判が立った。十三歳の八月末、奉公先の網元の家で寝ていると白髪の老僧が現れ、秘法を伝える者を七年探してきたと言って巻物を授け、翌年三月一〇日に那智山へ来いと命じた。約束の日、熊蔵は声なき命令に導かれて村を出て、飢えて尾鷲の先の山道に倒れながらも那智にたどり着き、老僧は実川と名乗ったという。
原典より
闇になれた眼に白髪の老僧を認め、はっとおきあがった彼は、膝をかかえてその人物の様子をうかがった。—— 霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年))
『霊術家の饗宴』は、井村宏次が一九八三年に著した近代日本の霊術家の歴史である。明治から昭和初めにかけて、気合術・催眠術・霊子術などで民衆の病や苦しみを救おうとした霊術家たちの運動を、当時の新聞記事や刊行物、関係者の家族への取材をもとにたどる。プロローグと六章、エピローグからなり、浜口熊嶽、桑原天然、福来友吉と千里眼事件、太霊道の田中守平を章ごとに取りあげ、霊術ブームと取締法による衰退までを描く。