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夜を恐れた熊嶽と江ノ浦の浜

所在地三重県北牟婁郡紀北町長島
年代昭和一八年
登場熊嶽、しの、浜口熊嶽、熊嶽の妻、気合術師
出典霊術家の饗宴

どんな伝承か

熊嶽の息子稔によれば、父は気合の恐ろしい病気治しの名人で、稔自身も顎に手を当てさせられ、一喝とともに虫歯が抜けたという。日頃は褌一つで御殿の辺りを歩く大酒飲みだったが、患者と聞くと顔色が変わった。家族を顧みず一年の大半を巡業に費やし、夜を恐れて毎晩宴会を開いた。昭和一八年一二月のはじめ、病床の熊嶽は家人を振り切って長島の家を出て、仏光寺を過ぎて江ノ浦の浜に立ち、寝釈迦山を見て師の実川を思い、気合術は自分で終わりだと悟ったという。その後二度と浜に立つことはなかった。御殿は戦後に解体され、船で宇治へ運ばれた。

原典より

「あの方は、夜を恐れたのですよ」と稔は言う。—— 霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年))

『霊術家の饗宴』は、井村宏次が一九八三年に著した近代日本の霊術家の歴史である。明治から昭和初めにかけて、気合術・催眠術・霊子術などで民衆の病や苦しみを救おうとした霊術家たちの運動を、当時の新聞記事や刊行物、関係者の家族への取材をもとにたどる。プロローグと六章、エピローグからなり、浜口熊嶽、桑原天然、福来友吉と千里眼事件、太霊道の田中守平を章ごとに取りあげ、霊術ブームと取締法による衰退までを描く。

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