唱えごとが大漁を告げた網曳小僧の熊蔵
どんな伝承か
十一歳の冬に小学校を放校となった熊蔵は、網を引く手伝いの網曳小僧になった。このころから不思議なことが起こり始める。独り言の癖が高じて経のような節をつけて唱えるようになり、その勢いが強い日は大漁だと評判が立って、漁師たちが漁の首尾を聞きに来るようになった。十三歳の春には唱えごとに両手を絡める動作が加わり、人々はそれを印だと騒いだが、本人は経も印も知らず無心でしていたという。やがて沖で溺れた者の遺体を透視したり、先のことを言い当てたりするようになり、阿呆熊と呼ばれた少年は神童ともてはやされた。
原典より
ついで、沖の溺死者の遺体を透視したり、予言的な能力が発現してきたという。—— 霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年))
『霊術家の饗宴』は、井村宏次が一九八三年に著した近代日本の霊術家の歴史である。明治から昭和初めにかけて、気合術・催眠術・霊子術などで民衆の病や苦しみを救おうとした霊術家たちの運動を、当時の新聞記事や刊行物、関係者の家族への取材をもとにたどる。プロローグと六章、エピローグからなり、浜口熊嶽、桑原天然、福来友吉と千里眼事件、太霊道の田中守平を章ごとに取りあげ、霊術ブームと取締法による衰退までを描く。