宗教行為と認められた熊嶽の無罪判決
どんな伝承か
明治三十年、資格もなく医療を行ったとして訴えられた浜口熊嶽に、和歌山地方裁判所は無罪を言い渡した。熊嶽の術は病を治す医療ではなく、宗教上の行いだと判断されたのである。熊嶽は那智で師の実川上人を手厚く弔ったあと和歌山へ出たが、生きる道も分からぬまま、頼まれて経を唱え気合を発すると、何年も足腰の立たなかった娘が治った。感謝した娘の家族が後ろ盾となって評判が広がり、彼の行く先々が施術所になったという。この無罪判決は警察上層部の反感を買い、のちの大阪での検挙につながった。
原典より
さる三○年、和歌山地方裁判所は「無資格医療行為」に問われた熊嶽に、無罪を宣告した。—— 霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年))
『霊術家の饗宴』は、井村宏次が一九八三年に著した近代日本の霊術家の歴史である。明治から昭和初めにかけて、気合術・催眠術・霊子術などで民衆の病や苦しみを救おうとした霊術家たちの運動を、当時の新聞記事や刊行物、関係者の家族への取材をもとにたどる。プロローグと六章、エピローグからなり、浜口熊嶽、桑原天然、福来友吉と千里眼事件、太霊道の田中守平を章ごとに取りあげ、霊術ブームと取締法による衰退までを描く。