仙界で診立ての術を授かった少年幸安
どんな伝承か
島田幸安は天保六年十一月二十六日の朝、和歌山に生まれた。家が貧しく、浄土宗の西要寺に小僧奉公に出されていたが、自分でも思いがけない不思議な成り行きで仙界に出入りするようになったという。幸安自身の言葉によれば、少名彦那神の伝えで、手で病の性を見きわめる術とそれに合う薬の処方を授かったので、医官本多東端正兼の門人となって売薬を業とし、親兄弟を養っていた。世間が魔天狗にたぶらかされた者のように噂するのを気にかけ、貧しくても謝礼は受け取らず、もう僧ではなく仏法は嫌いだとも語っている。
原典より
次には蒼生の病難を救はん為に少名彦那神の御伝にて手を以て病性を見極むる術並に相当の薬法を教へ賜り候に付、医官本多東端正兼の門人と成り、売薬渡世を致し夫を以て親兄弟日々相暮し罷在候。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。