避水術の口伝と回峰の飛行の術
どんな伝承か
やがて第二回目の滝行が始まった。寒気を避けるため一時的に体温を上げる秘術や、滝への道をつけるために激流を二つに割る九字避水術など、その他の口伝を受け、十八日目にして苦痛も恐怖もなく修行できるようになった。年が明けてから、師とともに十津川の奥へ回峰行に出かける。そこでの修行は主として「飛行の術」であった。飛行といっても空を飛ぶのではなく、谷を渡り高山をよじ登るときのために高跳びや幅跳びの類いを繰り返し訓練するのである。滞在は五十日あまりに及び、入山以来はじめて彼は少年らしい笑顔を取り戻した。満三年があっという間に過ぎ、熊蔵は十七歳の正月を迎えた。
原典より
谷を渡り高山を攀じるときのために、高跳び、幅跳びの類いをくりかえし訓練するのである。—— 霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年))
『霊術家の饗宴』は、井村宏次が一九八三年に著した近代日本の霊術家の歴史である。明治から昭和初めにかけて、気合術・催眠術・霊子術などで民衆の病や苦しみを救おうとした霊術家たちの運動を、当時の新聞記事や刊行物、関係者の家族への取材をもとにたどる。プロローグと六章、エピローグからなり、浜口熊嶽、桑原天然、福来友吉と千里眼事件、太霊道の田中守平を章ごとに取りあげ、霊術ブームと取締法による衰退までを描く。