補陀落山寺の渡海上人と水葬
どんな伝承か
熊野の捨身行として名高いのが補陀落渡海で、那智の浜から小舟で海の彼方の観音浄土をめざす、いわば入水による死出の旅であった。少なくとも二十数例の記録があるとされるが、実態の多くは水葬だったらしい。とくに江戸時代の補陀落山寺(現和歌山県那智勝浦町浜ノ宮)の住職の場合は、ほぼ例外なく遺体を舟に乗せて沖へ送り出し、海中に投じる儀式であり、隣の了心寺の僧がこれを取り仕切っていた。それでも死者は「渡海上人」と呼ばれた。一方で、修行や報恩、利他のために自ら入水した宗教者や信者が、熊野に限らず実在したことも確かだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・2018年(平成30年))
『村の奇譚 ― 里の遺風』は、民俗研究者の筒井功が平成三十年に著した民俗探訪記である。修験の里の石室、石風呂と焼き石湯、山中の贋金づくり、箕作りの集団や天幕部落、岩窟に暮らした非定住民、猿と猟師、氷室と風穴、産屋、墓制、安倍晴明の墓、狐憑きと犬神など、各地の村に残る習俗と伝承を、聞き取りと文献の両面からたどる。全十三章で、昭和三十年前後の高知市での見聞から説き起こし、「おわりに」では別の出版社で刊行が見送られた経緯を記す。