頼光が彫ったと伝わる行者の尊像
どんな伝承か
クジョウ村の三の谷を出立した記録者は、この地に中尾寺という修験寺があると記す。宮津領相伝院の配下で、本尊の神変菩薩はもと仏生寺の本尊であったものを、ゆえあってここへ移したという。仏生寺は元伊勢内宮の奥山にあり、もとは修験寺で今は真言寺になっている。昔、源頼光が大江山の鬼神退治の折にこの仏生寺へ立ち寄って評定し、山伏の姿となって、退治が成就したなら行者の尊像を安置しようと願を立てた。願いどおり果たした頼光は、自ら行者の尊像を彫ってこの寺の本尊としたと伝える。のち領主の祈願に験がなく退院を命じられた院主が、この本尊を盗み出して移したのだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第8巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全133話(滋賀・京都・兵庫=近畿)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。