神魚どじょうを食べた村の願い
どんな伝承か
この付近では、夏になると足腰がなえて仕事ができなくなる病が流行り、農民たちが困った時代があった。どじょうを食えばよいと永年の体験から知っていたが、どじょうは神魚といわれ、水田や溝の害虫を食い、稲の成育を助けるため、取って食うことは禁じられ、食えば神罰に当たるともいわれていた。それでも農民たちは病苦を逃れるため、神罰を恐れながら秘かにどじょうを取って食い、不思議に病は快方に向かった。そこで農民たちは、神の許しを乞い、どじょうの霊を慰めるため、食べる前に翁山の河内大明神へ供えてから食べることにした。明治の初年までは、どじょう森さまの祭りの日にどじょう汁を出して接待し、その日だけは誰でも晴れてどじょうを食うことができたが、どじょうが減っていつしかとりやめになったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第10巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第10巻』は、全国の伝説を型ごとに分けて集めた叢書の一巻である。岡山・広島・山口の三県を伝承地とし、蘇民将来、吉備津彦と温羅、厚狭の寝太郎、化け猫、河童駒引き、夜泣き石、姥棄て山などの伝説を、聞き書きや市町村誌、民話集から採って収める。「文化叙事伝説」と「自然説明伝説」の部に分けて番号順に並べ、各話には伝承地と本文のあとに〔類話〕と近世の地誌などを引く〔文献〕を添える。