山姥が谷を隠した丸瀬山
どんな伝承か
唐から帰ったばかりの弘法大師は、宇坂峠を越えてこの里に入り、丸瀬山を開いて道場を建て、金剛峯寺を開こうとした。大師は谷から谷へと歩いて数を調べたが、山姥は山が開かれれば人が出入りして住み家が荒らされると思い、谷を一つ隠してしまう。開山には四十八谷が要るのに四十七谷しかなく、数え直しても一谷足りない。大師は残念だと言い、入山の記念に三体の観音像を刻んで山に留め、次の地へ旅立ったという。丸瀬山はついに開かれず、今も隠し谷という名の谷が残る。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第11巻』は、山陰の鳥取・島根両県の伝説を集めた日本伝説大系の一巻である。矮姫による穀物の伝来、大山の山くらべ、伯耆の白兎、雲州皿屋敷、七尋女房、牛鬼、隠岐の後鳥羽上皇などを、伝承地を明記した口承の例話で示し、類話と近世以降の文献を添える。「文化叙事伝説」「自然説明伝説」の部に分けて話ごとに番号を付し、凡例のとおり例話・類話・文献・参考の順に並べ、多くの話に高木・柳田による伝説名を添える。