都野津に残る依羅娘子の塚と姫まつ
どんな伝承か
この文献は、柿本人麿の三度目の本妻が医師井上道益の娘の依羅娘子であると記す。娘子は南都の依羅連の養子となって人麿の妻となったが、実の父母の家は浜田領都野津の西岸寺、今の浄土寺の前にあり、家名も苗字も今なお井上という。依羅娘子の塚の上には二かかえあまりの古い大松が立ち、四方に枝を垂れていかにも年を経た松と見え、まことに殊勝である。今も姫まつ、あるいは姫御所と呼ばれているという。また高角の近辺、大塚という所には人麿の実の御墓とされる小山のような塚があり、その上には神納の松と呼ばれる、これも二かかえほどの松が立っていると記されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第11巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全56話(鳥取・島根=山陰)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。