宝亀五年の行幸と池の窪の霊泉
どんな伝承か
宝亀五年、奈良法皇が西山の奈良田へ行幸したとき、この山に登って都を慕い、帰り道の山中で美しい石を見つけ、しとねを敷いて休まれたという。それ以来この山は法皇山と呼ばれ、腰を下ろした大石は御座石の名で呼ばれるようになった。石の名はやがて郷の名にもなり、御座石千軒と称されて栄えたと伝わる。法皇はまた池の窪で霊泉を掘り当て、薬草を病に用いることを人々に教え、番の鳥を放たれた。それからこの郷には斑入りの番鳥が棲みつき、吉凶を告げるようになったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第5巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第5巻』は、叢書「日本伝説大系」の一巻をなす伝説資料集である。埼玉・千葉・東京・神奈川・山梨の伝説を扱い、二つの太陽、蹴裂明神、ダイダラボッチ、平将門、源頼朝、豪徳寺の招き猫、黒塚、山の背競べ、親捨てなどの話ごとに、口承を重んじて選んだ例話を掲げる。各項は例話に〔類話〕〔文献〕〔参考〕を添え、類話は伝承地ごとに梗概で示し、文献は近世以後の史料を原文で抄出し、柳田・高木の分類による話型名を併記する。