地蔵岳の賽の河原に残る子供の足跡
どんな伝承か
むかし奈良法皇が奈良田へ行幸したとき、たびたびこの山に登って安産を祈り、地蔵尊を安置されたという。以来この山は地蔵岳と呼ばれ、村人の信仰も厚く、もとは一体だった地蔵尊も寄進する者が増えていまでは三体になっている。山へ登る途中には坊主小屋、経者小屋と呼ばれる場所があり、法皇の供をしてきた弓削道鏡の遺跡だと言い伝えられている。山の頂には賽の河原と呼ぶ白砂のきれいな場所があり、毎朝その砂の上には七、八歳ほどの子供の足跡がたくさんついているという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第5巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第5巻』は、叢書「日本伝説大系」の一巻をなす伝説資料集である。埼玉・千葉・東京・神奈川・山梨の伝説を扱い、二つの太陽、蹴裂明神、ダイダラボッチ、平将門、源頼朝、豪徳寺の招き猫、黒塚、山の背競べ、親捨てなどの話ごとに、口承を重んじて選んだ例話を掲げる。各項は例話に〔類話〕〔文献〕〔参考〕を添え、類話は伝承地ごとに梗概で示し、文献は近世以後の史料を原文で抄出し、柳田・高木の分類による話型名を併記する。