猿橋
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どんな伝承か
推古朝の時代、百済から来た造園博士の志羅古が甲斐国の猿橋に草庵を構えた。村長は息子の恭仁を弟子に、娘の美久里を付き従わせて世話をした。志羅古は桂川の断崖に橋を架けることを計画し、設計に没頭していた。明月の夜、多くの猿が現れ、その動きから橋の構造のヒントを得たという。この橋が後に猿橋と呼ばれるようになった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第5巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第5巻』所収の「文化叙事伝説」全104話(千葉・山梨・神奈川・埼玉・東京=関東甲信)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。
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