雛鶴峠の死と門松を立てぬ無生野
どんな伝承か
大塔宮護良親王が殺されたのち、雛鶴姫はその首を抱いて落ちのび、雛鶴峠で産をした。師走二十九日のことで、子を産み落とすと同時に母子ともに世を去ったという。のちに姫の子である陸長親王が吉野賀名生の戦いに敗れてこの地へ来り、二人が亡くなったことを聞いて住みつき供養した。盆と正月の大念仏踊りはその供養に始まり、大塔宮の一字をとって名づけられたという。姫の亡くなった日にちなみ、無生野では門松を立てず、橡の木にこうの木をさして代わりとする。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第5巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第5巻』は、叢書「日本伝説大系」の一巻をなす伝説資料集である。埼玉・千葉・東京・神奈川・山梨の伝説を扱い、二つの太陽、蹴裂明神、ダイダラボッチ、平将門、源頼朝、豪徳寺の招き猫、黒塚、山の背競べ、親捨てなどの話ごとに、口承を重んじて選んだ例話を掲げる。各項は例話に〔類話〕〔文献〕〔参考〕を添え、類話は伝承地ごとに梗概で示し、文献は近世以後の史料を原文で抄出し、柳田・高木の分類による話型名を併記する。