槐にすがって産んだ産八幡さま
どんな伝承か
神功皇后は出産を間近にして香椎宮を発ち、蚊田の森に設けられた産所へ向かった。途中、多々良から箱崎にさしかかったころ腹が痛みだして腹痛と口にしたので、その地を原田と呼び、産所が見えて喜び、はや見ゆるぞと言った場所を早見と呼ぶという。産所では槐の東の枝にすがって皇子を産み、安産だったのでこれを子安の木と称した。産湯の井や衣掛の森、後産を納めた胞衣塚が残り、里の名も宇美となったと伝わる。
原典より
神功皇后が応神天皇をお産みになった所だという。—— 日本伝説大系 第13巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第13巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第13巻』所収の「文化叙事伝説」全35話(福岡・大分・佐賀・長崎=北九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。