浮城から有喜になった地名
どんな伝承か
有喜の平地はもと海が深く入り込んでいた所らしい。いまの海岸から二十町ほど離れた山手に樋渡という部落があるのがその証だという。鎌倉幕府の頃、土地の豪族がここに居を構え、いまの城山を本丸、亀城を二の丸として敵の軍勢と戦ったと伝わる。亀城は海に浮かぶ孤島で、遠くから見ると浮かんだ城のようだったので浮城と呼ばれ、それが地名となり、やがて宇喜の字を当てた。豊太閤の朝鮮征伐の凱旋に沸いてにわかを催した頃から、有喜と改めたと言い伝えられる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第13巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第13巻』所収の「文化叙事伝説」全35話(福岡・大分・佐賀・長崎=北九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。