亀力城に籠った為朝と白鷺
どんな伝承か
『肥後国誌』は亀力城跡について、仁平から久寿のころ、為義の八男である鎮西八郎為朝がこの国へ来てあちこちに住み、しばらくこの城にも籠ったと記す。討手の大軍が寄せたとき、為朝は弓の力を見せようと、城から八町ほど離れた柳にとまる白鷺を射落とし、寄手を大いに恐れさせた。籠城中に兵糧が乏しくなると、二郎兵衛高則という者が材木を筏に組み、夜ごと城内へ糧を運び入れた。その場所を夜船と呼び、のちに転じて湯船村と称するようになったという。城跡からは近世まで腐った鏃や逆茂木の類が掘り出されたと伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。