田尻村柳井谷の景清の墓と遺物
どんな伝承か
悪七兵衛景清の墓は田尻村の柳井谷門の後ろの山中にある。上総の悪七兵衛景清が日向国宮崎から来てここに隠れ住み、ついに没したと言い伝える。石塔は大五輪で、その後ろに小五輪の石塔が十四並び、同じ時代のものと見える。左の岡の上には火葬したという所があり、平地が一畝ほど、四方を堀のようにこしらえてある。この地の農民亀次郎はその末裔だといい、家に景清の位牌・系図・太刀・甲冑などを蔵めていたが、七、八代以前に位牌と系図は火災で焼け、太刀は大崎郷士の関武兵衛が、鎧は志布志郷士の某が蔵めているという。今も二月八日の彼岸に武兵衛らが墓参を欠かさない。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。