粘り強い百姓の名を残す根久池
どんな伝承か
昭和十年の塩川の大水害まで、中島付近の塩川堤防にはブクブクと呼ばれる灌漑用水の取入口があり、川魚の多くいるところであった。その付近に昔、根久池という池があった。この池は徳川時代、韮崎の百姓が塩川の河原を開田したときの名残の池で、根のよい久右衛門という百姓の名を取ったものだという。久右衛門は水害で流されても流されても負けずに田畑を開いた人で、その根の良さをたたえて、世の人は根のよい久右衛門さん、根久さんと呼んだと伝わる。
原典より
昭和十年の塩川の大水害まで、中島附近の塩川堤防にはブクブクという灌漑用水の取入口があって、川魚の沢山いるところであった。—— 韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年))
『韮崎市の民話伝説』は、韮崎市教育委員会が昭和四十二年に発行した民話・伝説集である。韮崎・円野・中田・穴山・藤井・神山・穂坂・清哲・旭・大草・竜岡の十一町で民俗資料調査員が集めた百六十八話を収め、武田信玄・勝頼や鎮西八郎為朝、弘法大師の話、山の神のたたりや化かされた話などに話者名や『裏見寒話』などの出典を添える。巻頭に昔話と伝説の解説を置き、本文を木・石・水・塚・坂峠・山・谷沢・屋敷跡城址・祠堂・その他の十部に分ける。