若者が奉仕した神明田のお田植
どんな伝承か
昔、村では毎年旧五月になると、まっさきに青年男女が打ち揃って神明田の田植えに奉仕し、その日の祝いとして酒宴を張り、一同で歓を尽くした。この行事が終わると村内でも田植えが始まる。これを見ても、村人がいかに神明社に深い信仰を持ち、農耕の神聖と神の加護を信頼していたかがうかがわれる。今は野中に石祠だけが残っており、明治十四年頃までは直径二間半もの大古杉があったというが、無惨にも里人のために切り倒されてしまった。こうしたわけで神明社のお田植行事も絶えて久しくなった。
原典より
昔、村では毎年旧五月には、まっさきに青年男女が、打ち揃って神明田の田植に奉仕し、その日のお祝として酒宴を張り、一同歓を尽した。—— 韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年))
『韮崎市の民話伝説』は、韮崎市教育委員会が昭和四十二年に発行した民話・伝説集である。韮崎・円野・中田・穴山・藤井・神山・穂坂・清哲・旭・大草・竜岡の十一町で民俗資料調査員が集めた百六十八話を収め、武田信玄・勝頼や鎮西八郎為朝、弘法大師の話、山の神のたたりや化かされた話などに話者名や『裏見寒話』などの出典を添える。巻頭に昔話と伝説の解説を置き、本文を木・石・水・塚・坂峠・山・谷沢・屋敷跡城址・祠堂・その他の十部に分ける。