日本武尊が剣を埋めた戸塚山
どんな伝承か
戸塚山は一名を浅川山ともいい、置賜盆地の東の平原に細長く横たわる岡のような低い山である。一番南の高い所を「お月山」と呼び、そこは米沢三十三観音の三十三番の札所で観音が立っていたが、今は戸塚山の東麓に遷座している。大昔、この米沢盆地が湖水であったころ、日本武尊が東征し、吾妻山から船でこの山に着いたという。尊は腰に佩いていた十束の剣を杖として山に登り、帰る時にその剣を埋めていったと伝わる。それゆえ「十束の山」とも呼ばれ、後に戸塚山となった。お月山の頂上から南麓まで古墳が数十群あり、観音像は徳一上人の作と伝えられ、東麓には建久五年銘の禁札が残る瑞雲院がある。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))
『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。