鬼女となった母と屋代神社
どんな伝承か
一本柳十字路の南西角に建つ小祠が屋代神社で、妙多羅天を祀る。康平五年、源頼義・義家に安部一族が滅ぼされた際、屋代の庄平潟に居館した渡会安宣も自害し、夫人は一子彌三郎を抱いて落ちのびた。嫁と孫を失った母は狂乱して悪鬼となり、亀岡の文珠へ日参するうちに盗賊二人を従え、人を殺して食うようになったと伝わる。修行を終えて帰郷した彌三郎は和田川の橋のたもとで狼を率いる鬼女に襲われ、その右腕を切り落とす。家に戻ると母が腕を失って伏せており、軍用金の在処を告げて越後の彌彦山へ飛び去った。里人が渡会館の一隅に祠を建てて祀ったのがこの社だという。
原典より
屋代神社———妙多羅天祠 は一本柳十字路の南西角に建てられた一小祠で、妙多羅天が祀られています。—— 高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))
『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。