奇岩と洞窟の霊場・小湯山
どんな伝承か
二井宿の観音岩から二十町ほど谷間を行くと小湯山に達する。全山三十町歩が奇岩怪石から成り、その規模は観音岩の比ではないが、村有林であったため木が伐採されて風情を失ったのは惜しいという。開基は亀岡の文珠堂を開いた名僧徳一上人と伝える。幕末には高橋清右工門が八十八体の仏像を石に刻んで納め、その後、二井宿東京宮下の東大夫が深い信仰から堂を建てて山を開発した。住居跡が今も残るという。参道を登ると清水の湧く所があり、さらに登れば数十人が入れる広い洞窟があって先住民族の住居跡と言われる。獅子岩、舞台岩、胎内くぐり、男岩、女岩などの岩も並ぶ。
原典より
二井宿の観音岩から二十町程谷間を行くと「小湯山」に達します。—— 高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))
『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。