髪の流れた川と昼寝の将門
どんな伝承か
秩父の城峯山の西北を洗う神流川は髪流川とも書き、名の由来を語る話がある。秀郷に急襲されて敗れた将門は多野郡の山中に逃れ、秀郷は探しても見つけられなかった。あるとき追手が川の下流で一丈もある見事な髪の毛を拾い、将門の髪に違いないと上流をくまなく探して、昼寝していた将門を不意に襲い、矢で射て滅ぼした。以来この川を髪流川と呼び、いつしか神流川に変わったという。奥多摩では袖流川の話になる。将門の怨霊は城峯山にこもって秀郷を怨み続けているので、この辺りでは俵藤太や桔梗の名を口にしてはならず、桔梗の花も咲かないという。身体の一部から隠れ場所が知れる型を巨人の秘密を示すライフ・インデックスの伝承と論じる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
将門伝説——民衆の心に生きる英雄(梶原正昭・矢代和夫・1966年(昭和41年))
『将門伝説——民衆の心に生きる英雄』は、梶原正昭と矢代和夫が一九六六年に著した平将門の伝説の研究書である。茨城県岩井町をはじめ各地の伝説地の踏査と、縁起・古記録・地誌をもとに、将門の怨霊と調伏、七人の影武者、子の良門や娘の如蔵尼、寵妃桔梗ら落人の行方、後裔を名告る家々、伝説の伝播と文芸化をたどる。序章と三篇からなり、巻末に青森県から鳥取県までの伝説分布と、寺社縁起など関係文献の抄録を附録として付す。