順風を失った新皇将門の最期
どんな伝承か
東国を席捲した将門の天下は長くは続かなかった。除目からわずか二か月後の天慶三年一月、諸国から集めた兵を帰した隙を平貞盛と藤原秀郷の連合軍に突かれ、本拠の岩井に追い詰められて討たれた。『将門記』はその最期を、初めは順風を得て優勢だったが風向きが変わって兵の勢いを失い、天罰が下って馬は飛ぶ足を忘れ、将門自身が神の鏑矢に当たって涿鹿の野の蚩尤のように滅んだと描く。筆者は将軍が自ら戦い自ら死ぬことは天下に例がないと嘆じており、強風の夕暮れに乱戦の中で矢に倒れた最期は木曽義仲にも似た英雄的なものだったといえる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
将門伝説——民衆の心に生きる英雄(梶原正昭・矢代和夫・1966年(昭和41年))
『将門伝説——民衆の心に生きる英雄』は、梶原正昭と矢代和夫が一九六六年に著した平将門の伝説の研究書である。茨城県岩井町をはじめ各地の伝説地の踏査と、縁起・古記録・地誌をもとに、将門の怨霊と調伏、七人の影武者、子の良門や娘の如蔵尼、寵妃桔梗ら落人の行方、後裔を名告る家々、伝説の伝播と文芸化をたどる。序章と三篇からなり、巻末に青森県から鳥取県までの伝説分布と、寺社縁起など関係文献の抄録を附録として付す。