良門滅亡後の疫病と国王大明神の縁起
どんな伝承か
国王神社の縁起ともいうべき伝えが『難話合類』に引かれている。将門の妾が一子を身ごもったとき、良将の娘如蔵尼のもとで介抱を受けて男子を産んだ。その子が十五才になると、父が平貞盛と藤原秀郷に滅ぼされたことを語って聞かせた。子は十六才で元服すると父の仇を討とうと志し、諸国を巡って同志を集め、名も将軍太郎良門と改めた。朝廷は多田満仲に勅命を下し、満仲は仲光・頼光・渡辺綱らとともに良門征伐に向かい、良門は戦ったすえ滅ぼされた。それからしばらくして疫病がはやり多くの人が死んだが、将門の怨霊のためかと考えられ、将門の霊を岩井の地に祀って平親王衣冠の木像を安置し、国王大明神と称したのだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
将門伝説——民衆の心に生きる英雄(梶原正昭・矢代和夫・1966年(昭和41年))
『将門伝説——民衆の心に生きる英雄』は、梶原正昭と矢代和夫が一九六六年に著した平将門の伝説の研究書である。茨城県岩井町をはじめ各地の伝説地の踏査と、縁起・古記録・地誌をもとに、将門の怨霊と調伏、七人の影武者、子の良門や娘の如蔵尼、寵妃桔梗ら落人の行方、後裔を名告る家々、伝説の伝播と文芸化をたどる。序章と三篇からなり、巻末に青森県から鳥取県までの伝説分布と、寺社縁起など関係文献の抄録を附録として付す。