首を追って武州へ来た将門
どんな伝承か
天慶三年五月、京でさらされた平将門の首は目を閉じることなく、自らの胴を求めて東国へ飛んだと伝わる。落ちた先が今の大手町の首塚だという。『將門純友東西軍記』は、首を追って武州へ来た将門のむくろの霊が荒れて土地の人を悩ませたので、一社を建てて神田明神と号したと記す。将門は貞盛に片目を射抜かれていたため、村人はその社を片目明神とも呼んだ。神田明神は胴を祀る社であり、非業の死を遂げた者の霊を鎮める御霊信仰に基づくという。台東区浅草の鳥越も、首が飛び越えた土地が語源だと伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路)
『日本の幽霊たち――怨念の系譜』は、阿部正路が書きおろした日本文学の幽霊論で、刊行は日貿出版社が手がけた。『竹取物語』『源氏物語』『平家物語』などの物語、『日本霊異記』から『遠野物語』『聴耳草紙』に至る説話、能と歌舞伎、さらに三遊亭円朝・泉鏡花・森鴎外・小泉八雲らの近代の作品に現れる幽霊をたどり、怨念の系譜として読み解く。第一章で幽霊の時・季節・姿・場・目的を論じ、終章で稲生屋敷の物怪や百鬼夜行など幽霊の周辺に及ぶ。