市原の平親王山・平親王野
どんな伝承か
千葉県市原郡菊間村の平親王山と、市東村永吉の平親王野は、その名の示すとおり平親王将門ゆかりの地とされ、里伝ではここもかつて偽都が建設された跡だと伝えている。この辺は古く上野郷の一部で、将門の父良将にゆかりがあり、将門自身も相馬に移る前は上野次郎と称して住んでいたという。『菊間村誌』によれば、菊間区の北端、平親王山の竹藪の中に四層の古碑があり、応安第五年二月三日と刻むほかは磨り減って読めない。里伝に、将門は東国に走ってこの地に居城を構え、京の北野に擬して南に奈良を置いたといい、碑は平親王将門のもの、平親王山の麓の坂を塔の坂と呼ぶと記す。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
将門伝説——民衆の心に生きる英雄(梶原正昭・矢代和夫・(平将門伝説の研究書))
梶原正昭・矢代和夫『将門伝説——民衆の心に生きる英雄』を、論考の節単位で全67事例として収録した研究書(地域伝説集ではない)。平安中期の平将門(承平天慶の乱)をめぐる伝説を、英雄の死と伝説の誕生(冥界・調伏・怨霊・首の怪異・七人の影武者・妙見信仰・石化)、落人たちの運命(将軍太郎良門・如蔵尼の堕地獄と救済・滝夜叉姫・桔梗塚の寵妃・後裔と将門遺跡)、将門伝説の展開(馬の文化・関東一円の分布圏・文芸化・首塚の祟りと再評価)として論じる。