東国へ飛んで大手町に落ちた将門の首
どんな伝承か
逆賊として討たれた平将門の首は京へ運ばれ、天慶三年五月十日にさらされた。『平將門退治圖會』などに描かれたその首は、非業の死を怒って炎が立つようであり、決して目を閉じなかったという。首はなお生きて戦い抜こうとし、自分の体を求めて東国へ向かって空を飛び、ついに今の大手町の国税庁の敷地内に落ちたと伝わる。著者は、その場所にいまも首塚が暗く不気味に立ち、怨念そのものとなっていると書いている。
原典より
首はなお生きて、決して目を閉じることなく、なお戦い抜こうと願い、自らの身体を求めて東国へと向いながら空を飛び、結局、今の大手町の国税庁内に落ちたという。—— 日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路)
『日本の幽霊たち――怨念の系譜』は、阿部正路が書きおろした日本文学の幽霊論で、刊行は日貿出版社が手がけた。『竹取物語』『源氏物語』『平家物語』などの物語、『日本霊異記』から『遠野物語』『聴耳草紙』に至る説話、能と歌舞伎、さらに三遊亭円朝・泉鏡花・森鴎外・小泉八雲らの近代の作品に現れる幽霊をたどり、怨念の系譜として読み解く。第一章で幽霊の時・季節・姿・場・目的を論じ、終章で稲生屋敷の物怪や百鬼夜行など幽霊の周辺に及ぶ。