延命寺の塚から出た七人武者の塑像
どんな伝承か
茨城県北相馬郡藤代町仏島の真王山延命寺について『相馬日記』は、裏の林の大きな樅の木の下に塚があって小さな石の祠が立ち、傍らに落葉に埋もれた五輪塔の残欠があると記す。四十年ほど前、本尊地蔵菩薩の開帳の折にこの塚から瓶が一つ掘り出され、将門の七人武者の塑像と馬の土像が参詣の人びとに披露されたが、七人武者は瓶とともに元の塚へ、二体の馬の土像は馬墳に埋め戻されたという。日記はこれを後世に将門の時代のものと言い伝えたのだろうと考証する。寺は将門供養のため根来の覚鏡上人が建てたと伝え、仏島は将門の戦死地とも本拠地ともいわれ、大日堂・朝日御殿跡・桔梗田・不知森などがあり、成田詣をしない旧家もある。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
将門伝説——民衆の心に生きる英雄(梶原正昭・矢代和夫・1966年(昭和41年))
『将門伝説——民衆の心に生きる英雄』は、梶原正昭と矢代和夫が一九六六年に著した平将門の伝説の研究書である。茨城県岩井町をはじめ各地の伝説地の踏査と、縁起・古記録・地誌をもとに、将門の怨霊と調伏、七人の影武者、子の良門や娘の如蔵尼、寵妃桔梗ら落人の行方、後裔を名告る家々、伝説の伝播と文芸化をたどる。序章と三篇からなり、巻末に青森県から鳥取県までの伝説分布と、寺社縁起など関係文献の抄録を附録として付す。