野盗が見張りに登った道玄物見松
どんな伝承か
北条義時に敗れた和田義盛方の残党は、渋谷区渋谷のあたりに逃れ住んだ。大永年間、その子孫の道玄太郎という者が野盗となり、見張りのためこの松へ登ったという。木は道玄物見松、道玄松と呼ばれた。『新編武蔵風土記稿』によれば、松はもと目黒区上目黒にあり、明和九年に名主市之丞が伐り取った。のちに駒場坂の下の松が道玄物見松と呼ばれるようになったが、それもやがて枯れた。渋谷区道玄坂の老松も同じ名で呼ばれ、野盗道玄の所業を伝えている。
原典より
北条義時に敗れた和田義盛勢の残党は、渋谷区渋谷の地に逃れ住んでいたが、大永年間(一五二二―二八)、その子孫の道玄太郎という者が野盗となり、物見のためにこの松に登ったという。—— 武蔵の伝説(大島建彦/渡辺千佳子・日本の伝説・1976年(昭和51年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
武蔵の伝説(大島建彦/渡辺千佳子・日本の伝説・1976年(昭和51年))
『武蔵の伝説』は、大島建彦と渡辺千佳子が昭和五十一年に著した伝説集である。埼玉県・東京都と神奈川県の一部にあたる旧武蔵国の伝説を、地誌・紀行・社寺縁起・区市史や『埼玉県伝説集成』などの文献と土地の口碑から集め、項目ごとに出典を添える。『日本伝説名彙』の六部門に家・村と祭礼・行事を加えた八部に分け、巻頭の「はじめに」で伝説の分類の方法を論じている。