和田義盛の陣屋と和田山の地名
どんな伝承か
源氏の重臣和田義盛は、治承四年八月に武蔵国西木戸の大将となり、衣笠城を居城として各地に陣所を構えた。江古田のこの地もその陣屋の一つで、誰言うともなく和田山と呼び伝えられてきたという。義盛の子孫は当地に帰農し、代々小太郎を襲名して後に小川姓を名乗ったといわれるが、今その子孫は分からない。和田山はいつのころからか大名榊原家の領地となり、江古田村の名主深野孫右衛門が管理した。安政六年に名主が差し出した願書にも、村内の字和田山にある屋敷地四町五反余りを先祖の代から世話してきた経緯が記されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
城西風土記と昔語り(熊沢宗一・1959年(昭和34年))
『城西風土記と昔語り』は、東京中野の江古田に住んだ熊沢宗一が昭和三十四年に著し、自ら発行した郷土誌である。中野長者と淀橋の伝説、御犬小屋や桃園の旧跡、新井薬師、江古田の獅子舞、内藤新宿や高田馬場の昔語りなど、中野と近在の伝説・旧跡・寺社を、古文書や碑文、琵琶歌も交えて記す。全二十章の後半には著者の百姓時代や終戦直後の食糧事情、台風の被害、日露戦争の軍隊日誌を収め、巻末に著者略歴を付す。