宗良親王が宿陣した阿佐谷の寺
どんな伝承か
宝仙寺はもともと今の場所から二十町ほど西の阿佐谷にあり、足利の時代に現在地へ移されたという。大永のころ兵火に遭って仏殿も僧坊も焼け、古い記録が失われたため開創の年代は分からない。この阿佐谷にあったころの宝仙寺が、後醍醐天皇の第三皇子で信濃宮と呼ばれた宗良親王の陣営の跡と伝えられている。正平七年、新田義興・義宗らが足利尊氏と武蔵国の金井ヶ原や小手差ヶ原で戦ったとき、親王も加わって歌を詠み士気を鼓舞したという。兵家茶話にも、新田方が親王を奉じて武蔵野で戦った際、この寺に宿陣したと記されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
城西風土記と昔語り(熊沢宗一・昭和初期~昭和中期)