弘法大師が去った九十九谷
どんな伝承か
川崎市多摩区(現・麻生区)高石のあたりに、弘法大師が訪れて寺を一つ建てようと考えた。ところが見渡すと谷が九十九しか数えられなかったので、縁起が悪いと思い直し、手にしていた松の杖を地面に突き立てて高野山へと去っていったと伝えられる(『ひでばち』十七)。九十九谷の伝えは、入間郡名栗村の有馬谷、秩父郡荒川村上田野、小鹿野町伊豆沢、東松山市岩殿にもあったという。
原典より
川崎市多摩区高石のあたりに、弘法大師が来て一寺を建てようとしたが、谷が九十九しか見えなかったので、不吉に思い、松の杖を地にさして、高野山へと旅立ったという(ひでばち一七)(「弘法の松」参照)。—— 武蔵の伝説(大島建彦/渡辺千佳子・日本の伝説・1976年(昭和51年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
武蔵の伝説(大島建彦/渡辺千佳子・日本の伝説・1976年(昭和51年))
『武蔵の伝説』は、大島建彦と渡辺千佳子が昭和五十一年に著した伝説集である。埼玉県・東京都と神奈川県の一部にあたる旧武蔵国の伝説を、地誌・紀行・社寺縁起・区市史や『埼玉県伝説集成』などの文献と土地の口碑から集め、項目ごとに出典を添える。『日本伝説名彙』の六部門に家・村と祭礼・行事を加えた八部に分け、巻頭の「はじめに」で伝説の分類の方法を論じている。