宮代町百間に住んだ八百比丘尼の堂
どんな伝承か
宮代町百間には、かつて八百比丘尼を祀る堂があった。この八百比丘尼は若狭国から移り住んだ人で、魚を好んで食べ、いつも着物をまとわずにいたという。顔は美しく髪は黒々として、八百年もの長寿を保ったと伝えられる。原典は郷土研究資料を出典とし、八百比丘尼が来て住んだという伝えは川口市前野宿の比丘尼堂や大宮の八百姫大明神など、武蔵の各地の社寺にもあると記している。
原典より
大宮市櫛引町に、八百比丘尼塚があり、また八百比丘尼手植えの槻の木もあったという(大宮市史・埼玉県伝説集成)(「ビャクニン松」参照)。—— 武蔵の伝説(大島建彦/渡辺千佳子・日本の伝説・1976年(昭和51年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
武蔵の伝説(大島建彦/渡辺千佳子・日本の伝説・1976年(昭和51年))
『武蔵の伝説』は、大島建彦と渡辺千佳子が昭和五十一年に著した伝説集である。埼玉県・東京都と神奈川県の一部にあたる旧武蔵国の伝説を、地誌・紀行・社寺縁起・区市史や『埼玉県伝説集成』などの文献と土地の口碑から集め、項目ごとに出典を添える。『日本伝説名彙』の六部門に家・村と祭礼・行事を加えた八部に分け、巻頭の「はじめに」で伝説の分類の方法を論じている。