豊受大神宮と焼き米の起こり
どんな伝承か
川越市の旧山田村あたりには、種ふりのあとに焼き米を作る習わしの由来が伝わる。昔、豊受大神宮が外国から稲の種を手に入れたが、後になって返すよう求められた。大神は種の一部を蒔き、残りは炒ってから「蒔いても芽が出ない」と言って返した。相手は安心して、その種を受け取ろうとはしなかった。この話から、種ふりの後に焼き米を作る風習が始まったのだという。
原典より
川越市の旧山田村のあたりでは、昔、豊受大神宮が外国から稲の種を貰ってきたが、あとで返せといわれた。—— 武蔵の伝説(大島建彦/渡辺千佳子・日本の伝説・1976年(昭和51年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
武蔵の伝説(大島建彦/渡辺千佳子・日本の伝説・1976年(昭和51年))
『武蔵の伝説』は、大島建彦と渡辺千佳子が昭和五十一年に著した伝説集である。埼玉県・東京都と神奈川県の一部にあたる旧武蔵国の伝説を、地誌・紀行・社寺縁起・区市史や『埼玉県伝説集成』などの文献と土地の口碑から集め、項目ごとに出典を添える。『日本伝説名彙』の六部門に家・村と祭礼・行事を加えた八部に分け、巻頭の「はじめに」で伝説の分類の方法を論じている。