焼き米売りにちなむ焼き米坂
どんな伝承か
さいたま市(旧浦和市)根岸の北寄り、街道筋にある坂を焼き米坂と呼ぶ。この坂では古くから焼き米を売る者が店を出していたといい、その商いにちなんで坂の名が付いたと伝えられる。もっとも、明暦年間(一六五五〜五八)の頃にはまだ焼き米坂ではなく浦和坂という名で呼ばれていたとされ、焼き米の名はそれより後に定着したものらしい。『新編武蔵風土記稿』に載る地名由来の伝えである。
原典より
浦和市根岸の北の方の街道に、焼き米坂がある。—— 武蔵の伝説(大島建彦/渡辺千佳子・日本の伝説・1976年(昭和51年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
武蔵の伝説(大島建彦/渡辺千佳子・日本の伝説・1976年(昭和51年))
『武蔵の伝説』は、大島建彦と渡辺千佳子が昭和五十一年に著した伝説集である。埼玉県・東京都と神奈川県の一部にあたる旧武蔵国の伝説を、地誌・紀行・社寺縁起・区市史や『埼玉県伝説集成』などの文献と土地の口碑から集め、項目ごとに出典を添える。『日本伝説名彙』の六部門に家・村と祭礼・行事を加えた八部に分け、巻頭の「はじめに」で伝説の分類の方法を論じている。