徐福の布千反が地名となった千布
どんな伝承か
佐賀市金立町には「千布」という地名が今も残り、意外な由来が伝わる。紀元前三世紀、秦の方士・徐福は不老不死の霊薬を求めて海を越え、現在の佐賀郡諸富町寺井津に上陸した。内陸の金立山中に分け入った徐福は薬草「フロフキ」を探し出したが、故国へ帰ることなく長くこの地にとどまったという。徐福一行が金立山へ向かう道中はいたる所に芦が生い茂って歩行に難渋したため、所持していた布を敷いてその上を進んだ。その布が千反にも達したのを集めて埋めた土地が、現在の千布であるというのだ。千布には、徐福と恋仲になって焦がれ死んだ土地の娘お辰の姿を観音像に刻んで祀ったという「お辰観音」のお堂が、今も残されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
妖怪伝説奇聞(東雅夫・2005年(平成17年))
『妖怪伝説奇聞』は、東雅夫が二〇〇五年に学習研究社から刊行した妖怪伝承地の探訪記である。稲生物怪録の木槌、クダン、牛鬼、塵輪、ナメラスジ、八幡の藪知らず、鬼の骨、蛇骨、鍋島の怪猫、児啼爺などを追い、中国・四国・九州ほか各地の寺社や旧家を訪ねて遺物と伝承を確かめる。月刊誌「ムー」の連載「日本伝説紀行」の十二章を三つのカラーグラビアで区切り、巻末に草双紙『鍋島猫騒動』の復刻を添える。