八徳のいろり
どんな伝承か
石積みの名人として知られた八徳三吉は、顔振峠近くの八徳集落に生まれ、本名を島田利左衛門といった。幕末、江戸湾防備のため川越藩から台場構築に呼ばれ、その石積み技術で難工事を完成させ、将軍から葵の紋章入りの羽織と提灯を賜ったという。筆者が三吉の故郷でいろりを囲んで聞いた昔語りによれば、いろりの神は荒神様と同じで不浄を嫌い、肉を煮ることや棕櫚・ぐみの木を燃やすことなど、様々な禁忌があったと伝わる。
原典より
八徳三吉のことは、拙著『ものがたり奥武蔵』に書いて、そのなかで、なぜ彼が江戸湾の台場作りに奥武蔵の山村から抜擢されたのか、その辺の話は今では知るものはいない。—— 秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年頃(昭和50年代)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年頃(昭和50年代))