与右衛門のみそじゃくし
どんな伝承か
江戸時代、東金の周辺から九十九里の村々が将軍の御鷹場だったころの話。鷹匠たちは訓練のため村へ来ては人足を出させ、宿や食事の世話まで村民に負わせ、失敗があれば激しく叱ったので、村人は嫌がって腫れ物にさわるように扱った。あるとき鷹匠が大事にしていた鷹が、真亀村の与右衛門の家の台所に迷い込んだ。折しも味噌煮の日で、与右衛門のかみさんはとっさに鷹を味噌桶に埋め、上を杓子でなでて知らぬ顔をした。探しに来た鷹匠は味噌桶に気づかず帰り、この機転は「与右衛門のみそじゃくし」と呼ばれて評判になったという。
原典より
江戸時代、東金のまわりから九十九里の村々が、将軍のたか狩りの場所(御鷹場=禁猟区)であったころの話です。—— 九十九里町誌 各論編 下巻(九十九里町誌) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
九十九里町誌 各論編 下巻(九十九里町誌)
『九十九里町誌 各論編 下巻』は、千葉県九十九里町の町誌各論編下巻から、第八章「口頭伝承」の第一節「昔話」を収めたものである。作田・片貝・真亀・藤下・西野・粟生など町内の地区に伝わるきつね・むじな・カッパ・大蛇の話や、屋号の由来、天王様ときゅうりの禁忌、将軍の鷹場にまつわる話を、です・ます調の語りで記す。見出しに地区名を添えて話を並べ、後半には神かくし・いそぎつね・船幽霊など町内に共通する話をまとめる。