新田義貞の軍兵が誓った誓詞ヶ橋
どんな伝承か
所沢市北野の字誓詞ヶ橋にある誓詞ヶ橋は、元弘の乱のとき新田義貞の軍兵がここで忠誠を誓い合ったことから名が起こったという。ただし誓いの主を足利尊氏とする説もある。『新記』は、小名せいしか橋に石橋があり元弘の乱に軍兵が誓いをしたためこう名づけたと記し、大正八年の取調書は義貞が集まった将士に勤王を誓ったとし、昭和十年の調査報告は従軍を願う武士に誓詞を述べさせた地とする。さらに元弘三年、鎌倉へ攻め入る義貞と従軍の将士が互いに誓約した遺跡ともいわれ、誰が誰に誓ったかは書物ごとに異なっている。
原典より
この橋の名は、元弘の乱に新田義貞の軍兵が、忠誠を誓いあったがためにおこったという。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。