義貞の戦跡をたどる小手指ヶ原踏査
どんな伝承か
新田義貞は八國山の将軍塚に立って戦況を見渡したと伝わり、山口谷から流れる柳瀬川に架かる勢揃橋は、義貞がここで軍勢を勢揃いさせたことに由来するという。さらに西方の畑中には、義貞が南朝のために尽くすことを誓ったと伝わる『誓詞ヶ橋』や、本陣を張った跡とされる『白旗塚』があり、その先に広がる小手指ヶ原の土には、かつて甲冑武者たちが激しく戦って斃れた者たちの血が今も含まれているのではないかと筆者は想像している。昭和十一年三月には埼玉県当局によって『小手指原古戦場』の碑が建てられたという。
原典より
長さ三四間の此橋は、義貞が此所に軍勢の所謂勢揃いをしたことから出た名稱であると云われてゐる。—— 行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年))
『行楽と史蹟の武蔵野』は、寺島裕が昭和十二年に著し、新生堂から発行した武蔵野の史跡探訪記である。狭山丘や山口貯水池の周辺から、行田・粕壁・生田・淀橋・中野・柴又・多摩御陵などの社寺、城址、古戦場、塚を歩いて訪ね、交通の便とともに由緒や伝説を記す。小橋一太と新井堯爾の序文、著者の自序を巻頭に置き、前著「史蹟の武蔵野を探ねて」に続く行楽案内として土地ごとの短い節を連ねる。