肥後玉名の匹石野長者
どんな伝承か
肥後玉名郡の立願寺村には、匹石野長者という旧記が伝わっている。この長者はもと貧しい炭焼きの別当であったが、観世音の夢のお告げによって、内裏の姫君が女房十二人・侍四人を従えて堂々と嫁入りしてきたという。長者が炭薦を編むのに使っていた石塊(ツチロ)について尋ねると、このような石ならこの山中にいくらでもあり、家では水石や踏石まですべてこれだと答えたが、それがじつは黄金であった。長者はほどなく没落し、長者屋敷の跡には瓦や礎、糠の峰、小豆塚のほか、鉄滓の出る金糞塚という塚が残っているという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。