鳥の子の形の岡戎と銭馬の正月
どんな伝承か
寛政九年の正月、菅江真澄は西津軽郡の深浦にいた。日本海岸の方まで来ると、もう秋田領と似た風習が多かった。たとえば雄勝などのヲカの餅は、ここでは岡戎といって鳥の子の形であった。何か大切ないわれがあるらしいが、知ることができなかったと記してある。松の葉に鏡をさして小さな同礼者に与える風もあったが、深浦ではそれを銭馬といっていた。この辺りの正月の式は複雑で、京や江戸とは比べものにならず、遠国の田舎の旧家などにこそ、偶然の一致を求むべきものであった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。