枝垂桜を柳と呼んだ寺の子
どんな伝承か
十月二十七日、柳田は南多摩郡の乞田を歩いた。分教場の女教員に吉祥院のことを尋ねていると、押し出されるようにして色白で面長の少女が前へ出る。寺の子だという。あの杉山の中、背の高い柳の木が見えるだろう、あれがうちの寺だと少女は言った。桜ではないかと問い返しても、はっきり柳だと答える。不審に思って後から行ってみると、本堂を隠すほど茂った大木の枝垂桜であった。土地の人がシダレと呼ぶのを、この子だけがシダレなら柳だと覚え込んだのだろうか。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第3巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第3巻』は、柳田国男の紀行・日記・随筆を集めた著作集の一巻である。相模・武蔵の村々を歩いた「水曜手帖」、昭和二十三年八月の自序を持つ「北国紀行」、明治四十三年の「五十年前の伊豆日記」、国際聯盟の委任統治委員会に勤めた大正十一年の「瑞西日記」と「ジュネーブの思ひ出 その他」を収める。後半の「菅江真澄」は昭和十七年二月の序を付け、真澄の著述と旅の跡を年を追ってたどり、写真解説を添える。