柳明の風下分家伝承
どんな伝承か
柳明は境川の対岸の岡から眺めると、ほぼ真っ直ぐ南北一列に大きなゆったりとした屋敷ばかりが並び、昔風の宿場を裏から見るような形の村である。村の南手にやや大ぶりな小山があって一帯の風よけになっており、南風のひどい土地だから風下へ風下へと分家をした結果こうした一列の村ができたと土地の人はいう。北のはずれから三軒目の石井直吉の家もその新しい分家の一つで、初代は過去帳では元禄何年かに没している。総本家はずっと南にあり維新前に没落したが、金の十六の菊の紋を打って叱られ削がされた痕が門の正面に残る。今二十数戸の石井は皆この家の子孫である。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第3巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第3巻』は、柳田国男の紀行・日記・随筆を集めた著作集の一巻である。相模・武蔵の村々を歩いた「水曜手帖」、昭和二十三年八月の自序を持つ「北国紀行」、明治四十三年の「五十年前の伊豆日記」、国際聯盟の委任統治委員会に勤めた大正十一年の「瑞西日記」と「ジュネーブの思ひ出 その他」を収める。後半の「菅江真澄」は昭和十七年二月の序を付け、真澄の著述と旅の跡を年を追ってたどり、写真解説を添える。