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家光の遺骸を泊めた最勝院の御打敷

所在地埼玉県春日部市粕壁(最勝院)
年代慶安四年(1651年)四月二十六日
登場徳川家光
出典行楽と史蹟の武蔵野

どんな伝承か

最勝院の中興とされる俊弘が住職だった慶安元年、三代将軍家光はこの寺に寺領十五石の朱印を与えた。その家光が慶安四年四月二十日に江戸で没すると、遺骸は二十六日に上野の寛永寺を出て日光山へ送られ、その夜は粕壁の宿に留まった。このとき最勝院が遺骸の泊まり所にあてられ、将軍家は記念として、棺を覆っていた花鳥を織り込んだ刺繍の打敷二枚を寺に残していった。この品は家光の御打敷と呼ばれ、いまも寺宝として伝えられている。

原典より

此品は「家光の御打敷」と呼んで今に此寺の寺寶とされてゐる。—— 行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年))

『行楽と史蹟の武蔵野』は、寺島裕が昭和十二年に著し、新生堂から発行した武蔵野の史跡探訪記である。狭山丘や山口貯水池の周辺から、行田・粕壁・生田・淀橋・中野・柴又・多摩御陵などの社寺、城址、古戦場、塚を歩いて訪ね、交通の便とともに由緒や伝説を記す。小橋一太と新井堯爾の序文、著者の自序を巻頭に置き、前著「史蹟の武蔵野を探ねて」に続く行楽案内として土地ごとの短い節を連ねる。

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