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謙信に烏帽子を打たれた成田長泰

所在地神奈川県鎌倉市雪ノ下(鶴岡八幡宮)
年代永禄三年(1560年)
登場成田長泰、上杉謙信
出典行楽と史蹟の武蔵野

どんな伝承か

上杉の家を景虎(謙信)が継ぐと、謙信と折り合いの悪かった忍城主成田長泰は、父祖以来の上杉氏を離れて小田原の北条氏に走ったが、永禄二年に謙信に城を囲まれて降った。翌三年、北条方の所領を攻めて小田原へ迫った上杉軍の中にあった長泰は、囲みを解いて鎌倉へ退く謙信に従い、鶴岡八幡宮の拝賀にも供をした。そのとき古式の礼にのっとった長泰の振る舞いを、謙信は無礼だと怒って扇で烏帽子を打った。これに憤慨した長泰は、城へ戻るとすぐに謙信に背き、ふたたび北条氏についた。

原典より

「作法無禮なりとて謙信扇にて烏帽子を打つ」—— 行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年))

『行楽と史蹟の武蔵野』は、寺島裕が昭和十二年に著し、新生堂から発行した武蔵野の史跡探訪記である。狭山丘や山口貯水池の周辺から、行田・粕壁・生田・淀橋・中野・柴又・多摩御陵などの社寺、城址、古戦場、塚を歩いて訪ね、交通の便とともに由緒や伝説を記す。小橋一太と新井堯爾の序文、著者の自序を巻頭に置き、前著「史蹟の武蔵野を探ねて」に続く行楽案内として土地ごとの短い節を連ねる。

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